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【Thiss.】スペシャルインタビュー◆「子どもがいることで、より一層自分に嘘をつけなくなる」

ex.メカクシの浚ヤ(Vo)が再びステージに還ってくる。
相棒ともいえるシロ(Gt)による時空を超えたラブコールを一度は断ったものの、10年越しに共に音楽を奏でる関係となった。
その名は“Thiss.”(ディス)。
“今”を表す名のバンド結成に至るまでに、積み重ねた“今”、言うなればこれまでの足跡をふたりに振り返ってもらった。
インタビューが終わったあと、浚ヤは「こんな話するはずじゃなかったんですけどね」と苦笑いをしたようにも見えた。
だが、どこか晴れやかな顔つきだったのは、これまで彼が歩いてきた道が常に誠実なものだったからなのだろう。



◆   ◆   ◆


ボーカルとしてやっていたことを、社会人になった自分にも当てはめていた



────今日はThiss.結成のいきさつとライヴ活動開始に至った理由を、ボーカルの浚ヤさんに伺いたいと思います…が、急遽ギターのシロさんにも参加いただくことになり、さらに何故かこの男も来てくれてます。

シロ 僕らのアドバイザー的存在なんですよ。

Azavana・諒平 どうも~!

浚ヤ 諒ちゃん来てくれるなんて知らんかった!

────諒平さんから是非ともThiss.のインタビューをしてほしいっていうオーダーがあったのが、今日のきっかけなんですよね。

Azavana・諒平 浚ヤとシロとはすごく付き合いがあるんですよ。浚ヤの前やってたバンドもかっこよかったし、楽しみな存在なんです。きっとセンシティブで答えにくいことが多いと思うんですけど、遠慮なく根掘り葉掘り聞いてあげてください。

────わかりました。

浚ヤ 諒ちゃんありがとう(笑)。よろしくお願いします。

Azavana・諒平 じゃあまた!

────ありがとうございます。さて、Thiss.自体は浚ヤさんとシロさんのユニットとして、2023年の9月からYouTubeにオリジナル楽曲の投稿を始めていますよね。結成のいきさつを伺いたいんですけど、浚ヤさんは前のバンドであるメカクシの解散以降はどうされていたんですか?

浚ヤ 率直に言うと、社会人になっていました。最初は不動産の仕事をはじめて、今は広告代理店の社員をしてます。もっと言うと、2児の父でもあり、メカクシは3年ほど活動していたんですけど、解散以降は音楽をやっていこうとは思えなくて。ただ、2022年9月に一夜限りのライヴをやることになって、そのあたりから自分のなかで音楽に対する感情に嘘がつけなくなってきました。

────音楽をやりたいからメカクシを動かしたわけではなく、メカクシをやることで音楽に対する情熱が戻ってきた。

浚ヤ 順序としてはそうですね。当時、僕はバンドがファンに対して誠実な活動をしていけるとは思えなかったんです。僕の場合、性格的に何に対しても誠実でいることが大事なんです。それは不動産の仕事でも代理店の仕事でも一緒で。それを守れていないなと判断したことが解散の理由でもあるし、中途半端なことはやっちゃいけないって思ってた。だけど、あのときはもう1回だけやろうかって自然となりましたね。

────そもそも、シロさんは浚ヤさんと出会ったのはいつ頃なんですか?

シロ 僕が昔、名古屋でバンドをやっていたときに浚ヤさんとは対バンで被ったことがあるんです。そのときから歌が上手くてかっこいいボーカルだって印象だったんですけど、もっと記憶に残っていることがあって。それは、バックステージでも浚ヤさんの周りには仲間がいっぱい集まってたこと。とにかく人望が厚くて誰からも慕われてるボーカルなんだなと思いましたね。

浚ヤ 畏れ多いわ(笑)。でも、そのときは挨拶ぐらいしかしてないよね?

シロ そうですね。それでメカクシが解散するって聞いたから、一緒にやりませんか?ってアプローチしたんです。僕もそのバンドを脱退してしまっていたので。

浚ヤ 「何一つ不自由させません!」って誘われたんですよ。メカクシは2016年の2月に解散しているので、今から10年ぐらい前の話です。

シロ ただ、当時は僕もあまりに青くて。浚ヤさんと一緒にやりたいって気持ちはあるけど、具体的にどういう編成でどういった方向性のバンドでいくかみたいな青写真をまったく描いていなかったんですよ。マジで気持ちだけしかなかった。そんなヤツに「何一つ不自由させません!」って言われてもなって感じですよね(笑)。今ならわかるんですけど。当時は大人な対応でお断りされた感じですね。

浚ヤ いろいろお誘いは受けたんですけど、あんまり知らん人とバンドをやっていくイメージできなくて、すべてお断りしました。自分の心が動かないとお客さんの心なんて動かせないので、それで「なんとなくバンドを組む」ほど無責任なことはないよな、と。そこで信頼して一緒に音楽できる人が見つからないなら音楽からは一歩退いて、自分の人生を彩り豊かにする方向に生き方を変えたんです。最初にはじめた不動産のお仕事も、どうせやるならめちゃくちゃに稼いでやる!ってところから見つめ直して。でも、お金を稼ぐには人間として自分を磨く…言うなれば人間としてレベルアップをしなきゃいけない。熱量を持って真剣にやらないとお客さんの心は動かせないんだなって感じたときに、“これ、音楽と一緒やな”って思ったんですよ。

────その、自分磨きの中で特に何を意識してました?

浚ヤ めっちゃ根本的なことなんですけど、僕めちゃくちゃ字が下手やったんですよ。なので、赤ペン先生みたいなノートを買って、ひたすらにボールペンで書き殴るみたいなことをしてました。心理学も勉強しました。その理由は、自分が真に伝えたい想いは、相手に伝わる形で提示しないといけないからで、それが歌なのか歌じゃない方法なのかの違いで。自分磨きって本当に些細なことからなんですよね。

──── 一事が万事とも言うし、神は細部に宿るっていう考え方ですよね。個人的にはすごく共感するマインドです。仕事って自分本位ではいられないですし。

浚ヤ やっぱりその人のために何ができるのかっていうところを追求したいですよね。これは企業や社会の根本であると同時に、バンドにも通じる。雑なことをしてはいけないし、人間としての在り方が重要だと思っています。そういう意味では、ボーカルとしてやっていたことを、社会人になった自分にも当てはめていたところはあるかもしれない。結果、それで仕事も楽しくやれているので間違いじゃなかったんだなと思います。今の代理店の仕事でも、ただお金を稼ぐんじゃなくて、少しでもクライアントにとってより良い形を提示できないかをすごく考えてますね。

────とても興味深いです。まるでVISUNAVIとは思えない内容ですが(笑)。ところでお子さんがいることをあえて公表しようと思った理由は?

浚ヤ 隠し事が嫌いなんです。誠実じゃないよなっていう本心に従っただけなのが正直なところ。まぁこういうジャンルなんで、いろいろな目で見られるとは思うけど、言い方悪いかもですが、チャラチャラと音楽をやってるわけじゃないから。そのなかで、自分自身に嘘をつく感覚があるとイヤだなって思ったんです。あとは、僕らを好きでいてくれた人たちに、浚ヤも同じように社会で生きているんだって感じていただきたかった。みんな、大変な日々のなかで頑張ってると思うけど、浚ヤも一緒にどこかで戦ってるんだって、力になれたらいいなって。人生って苦しみや悩みが尽きないけど、当時応援してくれてた人に、浚ヤも2児のパパになれたよって伝えたかったんです。ファンのなかにはパパになった方やママになった方もいるでしょうし。

────シロさんにこのことを公表することを相談されたんですか?

浚ヤ しました。

シロ もちろん、即答でOKでした。

──── 一旦、時系列を整理しますね。おふたりは10年ほど前に出会い、メカクシ解散直後にシロさんがラブコールを送る。けれどバンド結成にはいたらず、浚ヤさんは社会人の道に進んだ。ここから10年近いときを経ておふたりが再合流したきっかけはなんだったんでしょう?

シロ メカクシの一夜限りのライヴですね。そのライヴが終わったあとに、浚ヤさんが“時間はかかるかもしれないけど、もう一度音楽をやりたい”ってSNSに投稿しているのを見て、僕の方からもう一度アプローチしたんです。当時は僕もはっきり言ってギタリストとして未熟だったし、あまりに青かったけど、自分なりに磨いてきた今ならもう1回誘ってもいいかなって。

浚ヤ 連絡が来たときは驚きましたね。そこがきっかけで一緒に音楽をやる流れになって。カバーでもやろうかって感じだったんですけど、会話を重ねていく中でオリジナルをやりたい欲求がお互い出てきて、それでできた曲が「夢喰」なんです。あの曲はシロちゃんの処女作なんです。

Thiss. 夢喰 Official lyric video.


シロ そう。経験が少ない僕と一緒にやろうっていって何かを作ってみようと思ってくれた浚ヤさんに対して感謝しているし、だからこそ、浚ヤさんがお子さんのことを公表したいって言うなら悔いの無いようにやってほしいと思いました。やりたいことを全部形にしたいんですよ。

浚ヤ そこから定期的に音源をYouTubeにアップして、7曲目が4月に公開になりました。こうやって有言実行で形にしていく彼のアツさに惚れています。

シロ 照れます。

浚ヤ 10年前に誘ってくれたときとは彼も考え方が変わっていて。活動に至るまでのプロセスやビジョンも浚ヤ側の生活も考慮された形できちんと整理されていたんです。僕の周りにそこまで考えてくれるバンドマンはなかなかいなかったから、今なら一緒にやれるんじゃないかという感覚はありました。こう思えたのは僕が社会人として色んな対人関係を経験してきたからかもしれません。

シロ こうやってThiss.のシロとして名乗れているのは浚ヤさんのお陰です。

浚ヤ こちらこそ、ありがとう。

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